大判例

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大阪地方裁判所 昭和40年(保モ)429号 判決 1965年10月22日

申請人

代理人

加藤充

杉山彬

被申請人

学校法人近畿大学

代表者

世耕政隆

代理人

多屋弘

中村善胤

大槻龍馬

主文

当裁判所が当庁昭和四〇年(ヨ)第一七号仮処分事件について昭和四〇年二月一日なした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申請人代理人らは主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、申請人は被申請人学校法人近畿大学の法学部法律学科三回生であるところ、昭和三九年前期分(四月以降九月まで)の授業料を納入期日である同年五月二五日までに納めなかつたため、同年六月一八日被申請人から除籍された。

二、ところで被申請人の定めた学生規定には次の規定がある。

第三一条 滞納除籍者の復学は次の場合願い出により許可するものとし、これらの期間を過ぎた場合は原則として許可しない。

一、同年次へ復学しようとするときは除籍後一カ月以内に所定の復学願に保証人連署の上、滞納学費および復学金二、〇〇〇円を添えて学生部へ願い出なければならない。

二、省略

右規定をみると、後段の場合には「原則として許可しない」と定められ、復学を許可しないのが原則であつて、例外として裁量により許可する場合もあるとの趣旨が窺われるけれども、前段の場合には「原則として」の辞句がなく、単に「許可するものとし」とあるから、必ず許可すべく、許否の裁量の余地がないことが明瞭である。

三、申請人は同年次へ復学すべく除籍後一カ月以内である昭和三九年六月三〇日所定の復学願に保証人乙(申請人の母)連署の上、滞納学費二九、五〇〇円および復学金二、〇〇〇円を添え、被申請人の学生部に願い出た。

四、従つて被申請人は申請人に対し復学許可をなすべき義務があるのにこれを履行しない。

かえつて、学生部学生課補導係長中西芳一は、従来復学願が出された場合前記学生規定所定の復学基準に照し純事務的に復学許可の手続をしていた慣行に反し、被申請人に対し「今年から復学を認めるか否か学生部で審議する」と述べ復学願だけを受け取り、その後容易に態度を明らかにせず、昭和三九年九月一四日保証人を呼び出して学資、家庭の状況を問いただし、申請人が成績一部不良であること、学則を守らないことを非難したが、同年一〇月一六日に至つて初めて申請人の復学は許可しない旨明らかにした。その際不服があれば意見書を出せとのことであつたから一縷の望みをかけ同年一一月二四日意見書を提出したが受理されず返送された。

なお申請人が授業料怠納により除籍されたのは今回の分を含めて二回である。被申請人はこれまで三回以上の怠納除籍の復学を認めていたのに、申請人が所定の復学手績をとつた後に至つて突然三回以上除籍者の復学を許可しない旨の内規を作成し、申請人に三回の怠納除籍ありとして右新内規を適用したというのであるが、仮に申請人に三回の怠納除籍ありとしても申請人にこれを適用することは不利益不遡及の原則からも許されない。

また仮に復学許可が自由裁量行為であるとしても申請人の復学を許可しないのは裁量権の濫用である。

五、被申請人の復学許可が遅れるときは、申請人は講義、演習に出席できず、学期末試験を受けることもできず三回生に留級せざるをえないこととなるのであるが、それは母子家庭の苦学生である申請人にとつては直ちに学業の断念という結果を招くので仮処分の必要性がある。

第二、被申請人代理人らは「大阪地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第一七号仮処分事件について同裁判所が昭和四〇年二月一日なした仮処分決定を取消す。右仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」との判決を求め、申請の理由に対する答弁を次のとおり述べた。

一、本件仮処分申請はその主張自体において理由がない。

(一)  申請人は「被申請人が申請人に対し復学許可の意思表示をすることを命ずる」判決を求めているが、そのような意思表示は本案訴訟の意思表示義務を宣言する判決の確定によつてはじめてなされたことになるのであるから、仮処分の方法によつてはこれをなし得ないものである。すなわち、本件申請の如き仮処分はそれ自体許されないものである。

(二)  申請人は、被申請人に対し復学許可の意思表示をなすことを求めているけれども、被申請人は申請人に対し既に復学不許可の処分をしていることは申請人の自認するところであるから、この取消を求め然る後復学の許可を求めるのでなければ申請人の申請は認容できないはずである。本件仮処分申請の本案訴訟が復学不許可処分の取消請求を訴訟物とするものでないことは、その申請理由自体により明らかであるから本件申請はその主張自体理由がない。原決定によれば、被申請人のなした復学不許可処分の存在は被申請人が復学許可をなすにつき障害とならないと判断しているが、被申請人自ら許可処分をした場合には従前の不許可処分を黙示的に撤回したものとみることも可能であろうが、本件の如く仮処分によつて復学許可が擬制される場合には同時に前記不許可処分を取消す旨の仮処分がなされたものとすることはできず、従つて従前なされた処分に抵触する仮処分はこれをなし得ないものと解すべきである。

二、申請理由に対する認否並びに主張

(一)  申請理由の(一)(三)については、申請人除籍の日が昭和三九年六月一八日であるとの点を除くその余の事実はすべてこれを認める。被申請人大学では授業料が納付期限に納入されないときは、学生は自動的に除籍されるのであつて申請人はその納入期限の昭和三九年五月二五日の徒過と共に当然除籍されたわけである。もつとも被申請人は昭和三九年前期分の授業料滞納による除籍者の復学願提出期間を、全学最終の納入期限であつた同年五月三〇日から一カ月間と定めたから、申請人の復学願が学則所定の期間内に提出された事実はこれを認める。

(二)  申請理由(二)については、申請人主張どおりの学生規定があることはこれを認める。しかし右学生規定第三一条前段の場合には必ず復学の許可をしなければならないという申請人の解釈は誤りである。その理由は次のとおりである。

(イ) 許可は本来一般に禁止されている事項についてその禁止を解くことが本質的内容であるから、願出に対し常に必ず許可を与えねばならぬとすることは許可の本質的な概念を逸脱している。また学生規定第三一条の後段の許可が自由裁量行為であるならば前段の許可もまた自由裁量行為であるべきで、前段の場合だけ覊束行為と解するのは妥当でない。それは少くとも覊束裁量行為でなければならない。文理上も同条後段に「原則として許可しない」とあることの反対解釈として、前後の「許可するものとし」は当然「原則として許可するものとし」の意味に解すべきである。

(ロ) 大学は、憲法によつて認められた学問の自由を保障するため自治権が与えられ、その権能は大学の施設及び学生の管理に及ぶものである。従つて大学は一方的に学則、学生規定を制定して学生に対し具体的に指示、命令を発することができ、学生は学則、学生規定を知らなくとも当然これに拘束されるものであり、かつ、これが解釈、適用についても大学の自主性が尊重せられ、広般な自由裁量が認められるのである。

(ハ) 復学の許否は、大学の秩序維持、経営の円滑化等の見地から自由裁量でなければならない。もし復学許可が裁量の余地のない覊束行為であるとするならば、学生が何回授業料滞納を繰り返しても、復学を認めねばならないことになつて、事務的にも煩に堪えないことになつて甚だ不当である。同条制定の事情及びその後の運用からしても復学の許否は大学の自由裁量行為と解さねばならない。

(ニ) 試みに他の大学の学費滞納による除籍者の復学手続をみるに、関西学院大学、関西大学は教授会の議を経て許可するものとし、許否は自由裁量としており、大阪工業大学、日本大学では教授会の議を経る必要なく、学生部に願い出るものとし、許否は自由裁量としており、神戸商科大学、神戸市立外国語大学では、手続について明確な定めはないが自由裁量行為であることが明らかである。

右の如き除籍者の復学手続は、各大学の自治権に基づき大学の秩序維持のために制定されたものであり、被申請人大学の規定も立案の精神は全く同様である。

(ホ) 原決定によれば、「学費滞納による除籍者の復学については授業料収入を確保すれば足りるから復学を許可しないことは何ら実益がない」と判示するが、これは私立大学を営利法人と同様に考え、集団教育の場としての大学本来の使命及び学費滞納による除籍もまた教育の一環をなすものであることを忘れている。また滞納除籍者の復学は当面の授業料滞納状態の解消というだけを基準として決し得るものではなく、当該除籍者の過去の納入状況、態度及び将来の納入見込並に保証人の能力(本件では、保証人は従来と変らず同一人を保証人に立てている)等を勘案して決すべきであるから、復学願に対する許否の判断は原決定の判示をする如き単なる事務処理上の一手続にすぎないものではない。

なお、授業料等の学費滞納による除籍は被申請人大学の学則第二〇条第三項授業料の納付を怠る者は除籍するとの規定によるものであるが、それは同学則第二三条の懲戒処分としての除籍と規定の体裁上も全く同一の処分であり、学生を確定的に学外に排除するものである。

三、申請理由(四)については、申請人は授業料滞納により今回を含め三回の除籍処分を受けたものであり、既に三回生で学内の事情に通じ学則により授業料の分納延納等の方法があることを知りながら、これらの手続をとろうともしない悪質なものであるから、従来から存する三回除籍者の復学不許可の基準に従い申請人主張の如き経過をたどり結局昭和三九年一〇月一六日不許可処分にしたのである。

なお、被申請人大学では学費滞納による除籍者の復学の許可は元来総長の権限に属するが、学生部において右事務を取扱うとともに、その許否の判断をなし、総長が事後的にこれを決裁しているのであつて、この問題については教授会は何ら権限を有しない。

前記二の(ロ)に述べたとおり大学はその自治権に基づき学生の管理につき広汎な自由裁量権をもつており、これに対する外部からの干渉をできる限り排除するのが大学自治の本旨である。従つて大学のなす処分に対する裁判所の審判権は、右処分が事実上の根拠に基づかないと認められる場合若しくは社会通念上著しく妥当性を欠き裁量権の範囲を逸脱しているものと認められる場合を除いては、大学の良識と節度に委ねて、及ばないとすることは既に判例の示すところである。(最判昭和二九年七月三〇日判決集第八巻一五〇一頁参照)従つて本件について裁判所が審理判断する場合には、復学願に対する不許可処分が著しく正義に反するか、社会通念上不公平で妥当性を欠くものであるか否かについてのみに限定せらるべきものである。

ところで、申請人は、三回連続して滞納除籍を繰り返し、毛頭学則を遵守する意思がないものである。本件につき右の事実を根拠として前記判例の態度に従い復学不許可処分が大学に認められるべき裁量権の範囲を踰越したものであるか否かを判断することなく、慢然なした原決定は大学の自治に対する不当介入であつて、その不当なことは論をまたない。

五、申請理由(五)の仮処分の必要性はこれを争う。

第三、<証拠省略>

理由

第一、本件仮処分申請はその主張自体において理由がないとの主張に対する判断

一、本件申請は、被申請人に、申請人に対して復学許可の意思表示をなすべきことを求める趣旨のものであるが、かかる意思表示を求める仮処分が許されるかどうかについては、民事訴訟法第七三六条が意思表示を求める請求についてはこれを命ずる判決の確定をもつて意思の陳述があつたものと看做していることから、その判決の確定前に仮処分命令をもつて判決の確定した場合と全く同一の状態を実現せしめることは許されないと解する説があるけれども、債務者に一定の意思表示をさせることを目的とする請求は他の作為を求める請求と異り現実の作為すなわち意思表示自体を目的とせず、その意思表示の結果である法律関係を発生させれば十分であるから、法はその義務を宣言する判決の確定をもつて執行があつたものと擬制し、右給付判決の執行方法、執行時期を定める技術的見地から特別の規定を置いているにすぎないものでありこれをもつて直ちに、右のような仮処分を否定する根拠とはなし得ないし、また意思表示を求める請求権はもとより本案判決確定前に発生し得るものであるから、右請求権の存在が疏明され、かつ本案判決の確定をまつていては申請人に著しい損害を被らせるような場合には現在の危険損害を避けるために本案判決の確定前に仮処分により暫定的に当該権利の内容に副う状態を仮に定め、債権者に仮の満足を許し得べく、従つて仮処分により被申請人に意思表示を命じ得るものと解する。

二、次に被申請人が昭和三九年一〇月一六日申請人に対し復学不許可の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。被申請人はこの意思表示を取消さない以上これに抵触する復学許可を命ずる仮処分は許されないと主張するのであるが、後記認定のとおり、申請人の復学の願い出が所定期間内に適式になされ、被申請人が許可の義務を負つている以上、不許可の意思表示は不適法で無効と解すべきであるから、仮処分により許可の意思表示を命ずることの障害とはならない。

第二、本件の事実関係及びこれに基ずく判断

一、申請人は被申請人大学の学生であるところ、昭和三九年前期分の授業料を滞納したために被申請人から除籍されたが、大学所定の期間内である昭和三九年六月三〇日に所定の金員を添えた適式の復学願を学生部に提出し、復学の許可を求めたことは当事者間に争いがない。

二、次に被申請人大学の学生規定第三一条に申請理由(二)に記載されたとおりの授業料滞納による除籍者の復学に関する手続が定められていることについても当事者間に争いがないのであるが、右規定の前段の場合には必ず復学を許可すべきものと解するか、それとも自由裁量により許否を決し得ると解すべきか争いがあるので按ずるに

(一)  学生が私立大学に入学を許可されることによつて大学の学生の間に生ずる法律関係は私法上の在学契約関係と解せられるところ、学生は入学に際し、学生たる権利義務を有する地位の喪失ないし復活に関し、大学所定の規則(学則、学生規定等)に従うことを承諾したものとみるのが相当であるから、当然これに拘束されるとともに、大学もまた契約の当事者としてこれに拘束されることは当然である。

(二)  しかして大学がその教育目的のために、法の許す範囲において学生の管理につき自治権、自律権を与えられていることはこれを認むべきであるけれども、一旦自ら制定し、大学、学生双方に対し拘束力を有する規則の解釈については、客観的合理的な解釈がなさるべきであつて、大学が恣意的にこれを解釈、適用することは許されないものといわねばならない。

(三)  被申請人は大学の秩序維持、経営の円滑化等の見地から、復学の許否は本来自由裁量でなければならないと主張するけれども、自由裁量か否かは規則の定め方によるのであつて、結局学則、学生規定の当該条項がいかなる要件と効果(行為)を定めているかにかかつている。ところで被申請人大学の学生規定第三一条は、滞納除籍者の復学は次の場合願い出により「許可するものとし」これらの期間を過ぎた場合は「原則として許可しない」と定めており、所定の復学願が「除籍後一カ月以内」に提出された場合には必ず許可すべき趣旨であることは文理上明白である。またこれを実質的にみても、同条は授業料滞納を理由とする除籍者の復学手続を定めたものであるから、他の理由による除籍、退学等の場合の復学と異り、授業料納入を確保する事務上の必要から滞納の場合に画一的に除籍手続を定める一方復学の許可についても画一的に復学願が「除籍後一カ月以内」に出されたか否かによつて区別し、一カ月以内の場合には必ず許可するけれども、期間経過後は「原則として許可しない」という強い警告を発しているものと解するのが相当である。

なお右規定は、滞納除籍の回数については何ら要件として定めていないのであるから、少くとも前段の場合には滞納除籍の回数の多少に関係なく、復学を許可すべきものと解せられる。

三、次に被申請人の援用する判例は、公立大学の学生に対する懲戒処分について懲戒権者の裁量権の範囲を判断したものであるから、私立大学の場合においても懲戒処分が問題となる場合には判例の趣旨を類推すべきであろう。しかしながら、本件は授業料滞納による除籍者の復学許可義務の有無が問題となつているのであつて、しかもそのことについて被申請人大学の規則に明確な規定があり、一定の要件を具備した場合には復学の許可をなすべきことを被申請人に義務づけていること前記のとおりであるから、前記規則の適用について裁判所が審査しても何ら前記判例の趣旨に抵触するものではない。

四、してみれば被申請人は申請人に対し復学許可をなすべき義務があるのにこれをしていないことになる。

学生が大学から除籍され、復学が遅れるときは、その間学業が停滞し、復学許可を命ずる本案判決の確定を持つていては著しい損害を被る危険が現存することは経験則上明らかである。なお申請人本人尋問の結果によれば、申請人の家庭は母子家庭であつて、復学が遅れることによつて破る打撃は通常の場合より一層大きいことが疏明される。

よつて、その余の事実につき判断するまでもなく本件仮処分の申請は理由があるというべく、これを認容した原決定は正当であるから、保証を立てさせないでこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。(宮崎福二 田中貞和 梶田寿雄)

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